~恐ろし屋 怖い話シリーズ~

あの(リアクションが上手い)と褒めた子だ。
「どうした?」
M氏が声をかけると、彼女は顔を強ばらせて言った。
「今……音…が……」
「音?」
彼女が視線を傾けたその先には、高さが一m程の長方形の石があった。
松の木の横、他の墓石から少し離れて、草木に隠れるように置かれている。
墓石にも見えるが、他の墓石よりもさらに年代が古く、その表面は汚れて文字が掘られているのか、単なる年月を経てできた穴や窪みなのかも容易に判別できなかった。
むしろ角が丸みを帯びた石は、頭のない地蔵の胴体のようにも思えた。
M氏は怪訝そうに石に近づき、彼女に再び目を向けた。
「この石から音がした?」
明らかにおびえた表情で小さくうなずいた。
M氏は耳をすませたが、何も聞こえない。
「…ホントです……。ごっ……とか、…ごりっ……って……なんか、くぐもったような……そう……中から……響くような……」
この石の中に何かいるのか……?
M氏は石とアイドルを交互に見やった。
「あ、ほら、また……」
彼女の表情は真剣そのものだ。
すでに墓地には他に人の姿はなかった。境内の方からスタッフの笑い声が聞こえるだけだ。
記者の勘か、何かに突き動かされるようにM氏は境内へ行き、ディレクターに声をかけた。
「ごめん、ちょっと相談なんだけど。さっきの松の木の前で、もう少し肝試しの続きを撮ってくれないか」
「えっ、でも、もう台本通りに撮っちゃいましたよ」
「いいからさ、面白いものが撮れそうなんだ。頼むよ」
さっきまでとは別人のような局プロデューサーの剣幕に、下請けディレクターは渋々といった顔でスタッフに指示を出した。
ロングヘアのアイドルも戸惑いながら、墓地のはずれに前に戻り、緊張し青ざめた顔の、ショートヘアの子の横に並んだ。
「でもぉ、あたしはなんにも聞こえないよ」
カメラが再び回ると、事情を教えられたロングヘアが石に耳を近づけて、首を傾げた。
手でこんこんと石をこずくと、かすかに石が揺れたような気がした。
「……その石、ちょっと動かしてみないか。下に何かあるかもしれない」
M氏は本番中にも関わらず、カメラマンの隣で二人に言った。
するとディレクターが近づいて
「Mさん、それはまずいっすよ。墓石を暴くなんて」
と首を横に振った。
「いくらなんでも許可取っていないですから。ここの所有者に怒られます」
「あん? 真面目なことばかり言ってても、面白い番組なんか作れないだろ。俺が責任取るから、とにかくやれよ」M氏はイライラしながら語気を強めた。
さっきまでの和やかな雰囲気から一変し、石を囲んで現場は妙な緊張に包まれた。
「……私、やります……私も気になるから……」
ショートヘアの子は自分に言い聞かせるように言った。
そして、石をじっと見つめた後、両手でつかみ、一気に前に倒した。
固まった土の底から、埋もれていた石の先が現れた。
全員が地面にできた穴に目をやった。
底が見えない、深い闇があった。
ふいにM氏は息苦しさを覚えた。
一瞬、左胸が締め付けられるように痛んだ。
「つ……土を掘り起こせ……」
M氏は顔をしかめながら、声を絞り出した。
「……えっ?」
「早く掘り起こすんだ!」
ショートヘアの子は無言のままうなずくと、腰を屈め、膝を地面に着けて、恐る恐る両手を穴の中に差し入れた。
彼女の二つの腕が肘近くまで入ったところで、動きが止まった。
皆が固唾を呑んで見守る中、彼女はためらいながら、ゆっくりと土をすくい、手のひらに乗せる。
そして両手に山盛りとなった土を穴から取り出し、近くの地面に落とした。
ふうっと息を吐き、もう一度、両手を突っ込み、再びかき出した土を外に盛る。
もはやアイドルの仕事ではなかった。
しかし誰もM氏に「やめろ」とは言えなかった。
彼女がまた穴の奥に手を入れた時、「あっ……」と声を漏らした。
「……どうした?」
「何か……硬いものが……」