事故物件に行ってみたい気持ちもわかりますが…どうなっても知りませんよ。

-恐ろし屋厳選怖い話-
~恐ろし屋 怖い話シリーズ~
「X物件」
著書:福谷修

これは私が新人時代に体験した話。


何度も書いているが、ホラー映画で一番苦労するのは今も昔もロケ場所探しだ。


仮に、素晴らしいロケ場所が見つかっても、そこからが大変。文芸映画や青春映画なら喜んで撮影に貸してくれるが、ホラーだけに万が一、撮影した家が“呪われた家”として有名なったらイメージダウンは必至、資産価値が下がってしまうなどと断られてしまう(実際、某作品では似たようなトラブルも発生している)。
海外では「エクソシスト」のジョージタウンの坂道や、今はフレンチ・レストランとなっている「悪魔のいけにえ」の狂人ファミリーの家ように、ファンが押し寄せる聖地となった場所もあるのに、日本ではまだまだホラー映画に対する偏見は根強く、ロケの敷居は高いと言わざるを得ない。

かくゆう私も何度となく直接ロケーション交渉を行ったが、ジャンルを聞かれるだけで断られることが珍しくなかった。最終的にスタジオを借りることもあるが、低予算作品にとっては割高な使用料も足かせとなる上に、やはりロケならではのリアリティも大きな魅力だった。
各地のフィルムコミッションでも廃墟や廃校を紹介してくれるが、数に限りがあり、どの作品も似たようなロケ場所になってしまう問題もある。そうなるとやはりスタッフの口コミや経験が物を言い、さらにはフィルムコミッションの仲介で、撮影に理解のある地元の人を紹介してもらうことが、新鮮なロケ場所選びでは重要な要素となる。


ロケハンで苦労する度に思い出すのが、H氏だ。


彼とは、ある低予算ホラー映画の撮影で、廃屋を探していた時に出会った。
なかなかイメージ通りに禍々(まがまが)しい家が見つからない中、途中から参加した助監督からH氏を紹介された。彼はあるリゾート地にも近い場所に住む初老の男性。どんな仕事をしているのか不明だが、不動産屋をはじめ、地元の各方面に顔が利き、使われていない物件を紹介してくれるという。

駅前の喫茶店に現れたH氏は、ちりちりぼさぼさの白髪に、シワだらけの風貌、よれよれの作業着を何日も着ているような見た目は、よく言えば仙人、悪く言えばホームレスだった。とはいえ喫茶店のマスターとも気軽にやりとりし、地元ではそれなりに知られた人物であることがうかがえる。
私はH氏に所定の謝礼を支払い、ホラーに使える廃屋の紹介をお願いした。あらかじめ助監督を通じて話は通っているらしく、H氏は私の車に同乗し、鞄から大きな地図を取り出して、次々と物件へ案内してくれた。


それは想像を上回る成果だった。


当時はバブルが弾けて十年程度しか経っていなかったが、周辺のリゾート地には、オーナーが手放した(夜逃げした)まま放置された物件が点在していた。
不動産屋はイメージダウンを嫌って、外部の人間には存在すらも教えないが、H氏はそうした物件をジャンルを問わず撮影用に紹介してくれた。
別荘はもちろん旅館やホテル、マンションなど、封印された廃墟を次々と目の当たりにして、私もこれまでにないほど興奮を覚えた。まさに選び放題だった。

特に三十年前から廃屋になっている温泉旅館などは、良い具合に床や天井が抜け、廃材が散乱し、壁、柱などの汚れも際立ち、スタッフが手を加えなくともそのままホラーの撮影に使えるほどの圧倒的な存在感を放っていた。
逆に汚れが全く目立たない、手入れの行き届いた廃ホテルもあり、これはそのまま今すぐにも現役のホテルとして撮影が可能ではないかと思った。
これらの撮影許可も、本来はNGだが、H氏が交渉してくれるという。助監督によればH氏が入ればたいていは許可が取れるらしい。


いくつかの有力候補が見つかり、私は都内のスタッフ・ルームに戻って検討することにした。私はH氏に御礼を言った後、ふと思い立ち、こう質問した。

「Hさんが一番怖いと思える場所がありますか」
「怖い場所?」
「心霊スポットみたいな。できれば、そういう場所も撮影の候補にしたいんです」

予感めいた物があった。H氏なら、これまでにない凄いロケ場所が見つかるかも知れない。そんな邪(よこしま)な期待があった。逆に物件次第では、それに合わせて台本を書き直してもいいとさえ思った。


この頃になると、私が廃墟物件を絶賛することもあって、H氏も上機嫌となっていた。


「おっしゃ、とってきのを見せてやるよ」そう言って、再び地図を広げてくれた。
すでに空は日が暮れていた。同行したチーフ助監督は準備のスケジュールが押していることを心配し、「せっかくいくつか見つかったら、もう戻った方がいいです」と提案したが、監督の強い希望では断れない。スタッフで渋々、ロケハンを続行することになった。



まず案内されたのが、住宅街の外れにぽつんと建つ木造二階建ての物件。築年数も相当経過し、外壁には汚れが目立つが、どこにでもある普通の一軒家だった。

「ここは、二十年ぐらい前かな。一家心中があった家だよ。中見るかい?」
助監督らは嫌な顔をしたが、私は「お願いします」と頭を下げた。

H氏は鞄の中から、今回は使う予定のなかった鍵の束を取り出し、家の玄関を開けた。
中は物が捨てられた後で、がらんとしている。ほこりっぽいが、際立って汚れが目立つこともなかった。

H氏は「いろいろやって事故物件のことはもうほとんどの人が知らないはずなのに、なぜか買い手が付かなくってね。一時期、別荘に建て替える話もあったけど、バブルが弾けて駄目になった。裏庭の里山も荒れていて、南側も中途半端に住宅街が見えて、別荘地としては魅力がないわ。もっとも、それ以上にここには何かあるから、買い手が付かないかもしれないけどな」

一家心中と聞けば、やはりなんとなく重い空気を感じてしまう。居間の片隅や、二階につながる階段にも何かがいそうな気配は感じられたが、あくまで事件があったという先入観かもしれない。
物件としては手入れの行き届いた、ごく普通の一軒家だ。事情を知っていれば確かに怖く感じるが、フィクションのホラーの舞台としては普通すぎる。せめてドキュメンタリーなら良かったのだが。


その後もH氏は、バブル期に肝試しスポットとして有名だった、朽ち果てた酒屋の店舗兼一軒家の跡地や、院長が病死した医院、廃車が多数捨てられた山間の駐車場などを紹介されたが、映画として使えるほどの魅力には乏しかった。
現実の心霊スポットと、ホラーの撮影に向いている場所は、必ずしも一致しないんだなと改めて実感した。

軽く夕飯を食べた後、H氏は、山間の廃トンネルや、潰れたまま放置されているゲームセンターにも案内してくれた。確かにどれも独特の雰囲気を感じたが、当初の有力候補である温泉旅館ほどのインパクトを得ることは出来なかった。


「監督、そろそろ……」助監督がしびれを切らして、耳打ちした。東京に戻れば深夜の時間。明日もやることが山積みだ。クランクインまで余裕はなかった。
正直物足りないけど、こんなもんか。さすがにH氏に面と向かって言わなかったが、H氏も私の表情から察してか、「じゃあ、これは見せるつもり無かったけど……」と、最後に一件案内してもらうことになった。

それは山間の別荘が並ぶ一角にある、鉄筋コンクリートの一軒家だった。
昔のアメリカ映画に出てきそうな、白い四角い家。年代物ながら、全ての窓は雨戸で閉じられて、外観もそれなりに修繕されている。言われなければ廃屋とは思わないだろう。見た目は普通。やはりこれも一家心中などの事故物件だろうか。

H氏は鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
不意打ちのように、これまでにない重い空気が顔や首を圧迫した。
助監督を見ると、口にこそ出さないが、私と同様に顔をしかめていた。


なんだ……ここは……。


玄関から、ただならぬ空気だった。

H氏が廊下の明かりを点ける。


「そのまま靴で上がっていいよ……」

さっきまで饒舌だったH氏は少しトーンを落とした口調になっている。


ほこりがうっすらと積もった玄関を上がった。まっすぐ廊下が延び、奥に階段が覗く。階段の手前には、リビングの入口らしきドアが見えた。
薄暗い廊下を進んで、私は初めて気づいた。左右の白い壁に等間隔でお札らしき、筆文字の入った黄ばんだ紙が貼られている。


明らかに今までとは違う。私が助監督らと立ち止まっていると、H氏がゆっくりその横を通り過ぎた。


私はH氏の後に続いた。

「このリビングだけど……」

H氏は口をつぐみ、階段横のドアの前に立ち止まった。
ドアの窓にはお札がびっしりと貼られて、中を覗くことは出来ない。

「……入って良いですか?」私は恐る恐る尋ねた。
「ああ、どうぞ」

私はドアノブを握りしめた。背後でH氏の声が聞こえた。


「……ただし俺は入らないよ。廊下で待っている」
「えっ……」私はドアノブを握りしめたまま、ためらった。


「見たいんだろ?そういうのが」


「……………」私は小さくうなずくと、ゆっくりドアノブを回して、ドアを開けた。

嗅いだことのない濃密な異臭が鼻を襲い、慄然とした。単純な腐敗臭とは異なる、土や草、汚泥、コケ、カビ、昆虫の死骸が混ざり合って発酵したような、人間が踏み込んではいけない自然の暗部を感じさせる臭いだった。それは澱みながら流れて、私の鼻や喉、首、肺を静かに締め付けるように圧迫した。
ドアを開けて差し込んだ、わずかな明かりが、リビングを薄暗くぼんやりと照らした。
二十畳程の空間に、四角い何かがひしめいていた。灰色で表面はごつごつとして、時に角が丸みをおびた、高さ約一メートルの石、石、石……。 このリビングに最もふさわしくない物が占拠していた。


墓石だった。表面はコケや汚れに覆われ、文字もかすれて読めない。相当な年代物の墓石がリビングを埋めつくように立てられている。数十基、いや百は優に超える……。


私は思わず声を上げそうになった。心臓が締め付けられるように痛み、膝や肩の震えが止まらない。ホラーに関わり続けて初めて死の恐怖を身近に感じた。
思わず震える手で、救いを求めるように、部屋の明かりのスイッチを入れようとした。

「ああ、明かりは廊下からだけにした方がいい。明るすぎるといやがる(、、、、)んでね」
「いやがるって……」
「わかるだろ……映画だからって興味本位で覗いちゃいけない場所があるんだ……」

「でも、ここは……」


「見ての通りだよ。無縁墓地があった場所でリゾート開発が行われて、処分に困った墓石をそのまま一時的に、この空いた別荘に待機させたんだ。バブルの頃だから、やることがメチャクチャだろ。そうしたらほどなくしてオーナーが失踪してしまって、この有様だ。何度か家ごと処分しようという話も持ち上がったが、工事の度に事故やトラブルが多発してね。関わった会社も全て潰れてしまった。普通の倉庫だと噂が立つし、潰れたホテルや旅館だと、見学の時に買い手が付かなくなる。木造の民家だと、これだけの墓石を置いたら底が抜けてしまう。だから、ここに放置するしかなかったんだ」


よく見れば墓石と墓石の隙間を埋めるように、一回り小さな墓石が横に倒され、詰め込まれるように積み上げられている。床には土が敷き詰められ、壁際には卒塔婆が束になって針金で巻かれて乱雑に置かれている。


「ここの話は地元の人の間でも半ば公然の秘密となった」
「そんな場所を……」
「まあ、金を出すなら交渉してやっても良いが……」

私は渇いた喉に唾(つば)を飲み込んだ。確かに……部屋を埋め尽くす墓石の光景はホラーとして魅力だが……。


……あくまで映画はフィクションだ。ガチの場所はあまりにも危険すぎる。


助監督がたまらず「あの……僕も気分悪いんで外で待っています」と言って、逃げるようにリビングを出ていった。
私も体の感覚もおかしくなったのか、ただただ息苦しく、焼けるように喉が渇いた。

それでも私はこんな機会は滅多にないと思い、ためらいながらもリビングの光景をくまなく目に焼き付けようとした。その時だった。薄暗い空間の、奥の一角で、墓石の横に、黒っぽい人がうずくまっていることに気づいた。墓石が立ち並ぶ陰ではっきりとしないが、頭がうなだれ、妙になで肩で、肩の割に頭が少し小さく感じられ、違和感を覚えた。



それが本当の人なのか


それとも


この場所に潜む別の何かなのか




はたまた朽ちた墓石が光のいたずらでそう見えただけなのか、はっきりとはわからなかった。





さすがの私も証拠の写真を撮るなどという気は起きなかった。
ただ、その場に、ああいるのだな……それ以上の詮索をしてはいけないと本能的に感じた。
私はしばらくそれをじっと見つめ、気休めかも知れないが、手を合わせてお祈りした。そしてリビングを後にした。


帰り際、H氏も私も無言だった。だから言わんこっちゃない、という顔をH氏はした。私も度が過ぎた好奇心を反省していた。

この部屋に関わった人は必ず不幸になるという。


洒落で済まされない場所。


偶然かも知れないが、その後、映画の企画はトラブル続きで、あっという間に頓挫し、流れてしまったことだけは隠しようのない事実だった。
-終-


鯛夢先生による「X物件」漫画版はこちらから

3/4(土)「心霊写真部 壱限目/弐限目」一挙上映会

『心霊写真部 壱限目/弐限目』一挙上映



2017年2月22日(水)
『心霊写真部 劇場版』廉価版のBlu-ray&DVDが発売され、

さらに

『心霊写真部』の原作・脚本を手がけた福谷修がプロデュースする新作ホラー・アニメ映画『アラーニェの虫籠』の製作資金応援クラウドファンディングと制作始動を記念し、『心霊写真部』シリーズの原点というべき、オリジナル第一作『心霊写真部 壱限目』、第二作『心霊写真部 弐限目』を一挙上映する。


「心霊写真部」公式twitter  @shinreishashinb



2018年公開 劇場用アニメ「アラーニェの虫籠」



予告編

公式サイト

製作費を支援するクラウドファンディング募集中!
<関連イベント>


3/11(土)19:00~
「怪異アニメーションの夢幻宇宙~恐怖を魅せるクリエイターたち~」

「アラーニェの虫籠」と同じく“怪異”をテーマに、海外の映画祭で絶賛された傑作や、人気テレビアニメの監督がプライベートで制作したホラー短編アニメ集、秘蔵映像などを上映。
作品の監督をゲストに招き、怪異アニメーションの魅力に迫る。


上映作品とゲスト

「緑子/MIDORI-KO」黒坂圭太監督
「角銅博之 怖い系アニメ集」角銅博之監督(「タイガーマスクW」演出)
「HAND SOAP」大山慶監督
「アラーニェの虫籠」最新映像 坂本サク監督
福谷修(ホラー作家/映画監督) MC・殿井君人(映画ライター)

※3/10プレ上映会(ゲストは「アラーニェの虫籠」の坂本サク監督と福谷修プロデューサーのみです)
※詳しくは「アラーニェの虫籠」公式サイトへ

多部未華子&安めぐみ主演の映画「こわい童謡」や、NintendoDSのホラーゲーム「トワイライトシンドローム 禁じられた都市伝説」等、ホラー作品の監督・脚本を多数手がける。映画監督デビュ...
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